歴史物語

1170年12月29日——カンタベリー大司教トマス・ベケット暗殺の日は何が起こったのか?

1170年12月29日、イングランドの歴史に残る衝撃的な事件が起こりました。カンタベリー大司教トマス・ベケット(Thomas Becket)が、カンタベリー大聖堂の内部で、騎士たちによって残忍に殺害されたのです。

事件の背景——王と大司教の対立

トマス・ベケットは、もともとイングランド王ヘンリー2世の親友であり、王室の宰相として重用されていました。しかし、1162年にカンタベリー大司教に就任すると、彼は王権に対して教会の独立と特権を守る姿勢を強め、かつての盟友ヘンリー2世と激しく対立するようになりました。

両者の争点となったのは、教会の裁判権や聖職者への処罰権限などをめぐる問題でした。対立が深まったベケットは一時フランスへ亡命しましたが、1170年に帰国。帰国後も王との緊張関係は続きました。

「誰かあの暴れ僧を黙らせてくれる者はいないのか?」

伝えられるところによれば、ヘンリー2世は怒りのあまり、「私のうちにいるこの厄介な司祭を、誰か片付けてくれる者はいないのか」と叫んだといわれています。この言葉を聞いた4人の騎士——レジナルド・フィッツアース、ヒュー・ド・モーヴィル、ウィリアム・ド・トレイシー、リチャード・ル・ブルトン——は、王の真意を確かめるためカンタベリーへ向かいました。

大聖堂での悲劇

1170年12月29日、4人の騎士はカンタベリー大聖堂に押し入り、ベケットに服従を迫りました。これを拒んだベケットは、その場で剣による襲撃を受け、殉教者の死を遂げたのです。大聖堂という神聖な場所での殺害は、キリスト教世界全体に大きな衝撃を与えました。

事件のその後

この事件はヨーロッパ中に波紋を広げ、ヘンリー2世は激しい世論の非難を受け、自らも公開の贖罪を行うことを余儀なくされました。一方、ベケットは1173年にローマ教皇アレクサンデル3世によって列聖され、聖トマス・ベケットとして崇拝されるようになりました。カンタベリー大聖堂は中世ヨーロッパで最も有名な巡礼地の一つとなり、ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』にもその情景が描かれています。

1170年12月29日の出来事は、中世における王権と教会権力の緊張関係を象徴する歴史的転換点として、今日まで語り継がれています。