結論から述べると、「メアリー・バレット・シーモア」という人物を裏付ける歴史的な記録や資料は一切存在しません。テューダー朝期の公文書、貴族の家系図、同時代の手紙類のいずれにもこの名前は登場せず、ヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモアに「メアリー」という名の妹がいたことを示す証拠もありません。
ネット上に流れる誤情報について
近年、一部のサイトやSNSで「ジェーン・シーモアの妹メアリー・バレット」という記述が見られることがありますが、これらは史実に基づかない誤情報である可能性が高いと考えられます。根拠となる一次資料が提示されることはなく、信頼できる歴史学者の研究にもこの人物への言及は見られません。
ジェーン・シーモアの実際の家族構成
ジェーン・シーモア(1508年頃〜1537年)は、ウィルトシャーのウルフホールを拠点としたジョン・シーモア卿とマージェリー・ウェントワースの娘として生まれました。シーモア家は10人前後の子どもに恵まれた家系であり、ジェーンには確かに兄弟姉妹がいましたが、「メアリー」という妹はいませんでした。代表的なきょうだいは以下の通りです。
- エドワード・シーモア(初代サマセット公):兄にあたり、ジェーンが王妃となったことで地位を築き上げました。甥のエドワード6世の治世では護国卿として国政を主導しましたが、1552年に失脚し処刑されています。
- トーマス・シーモア(初代サドレー男爵):弟。ヘンリー8世の死後、王妃だったキャサリン・パーと再婚したことで知られます。権勢をめぐって兄エドワードと対立し、1549年に処刑されました。
- エリザベス・シーモア:妹。最初にグレゴリー・クロムウェル(トマス・クロムウェルの息子)と結婚し、その後、兄エドワードの2度目の妻となりました。
ほかにヘンリーら成人した兄弟もいますが、幼くして亡くなった子どもも多く、家系図の細部は資料によって差異があります。いずれにしても、「唯一のきょうだいがエドワードだけだった」という説明は不正確で、実際には複数の兄弟姉妹が確認できます。
混同の原因として考えられること
この種の誤解は、テューダー朝の宮廷人名の類似性から生じやすいものです。たとえば、ヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリンには実在の妹メアリー・ブーリンがおり、王の愛人でもあったことで有名です。「王妃の妹メアリー」というイメージが、ブーリン家とシーモア家の間で取り違えられた可能性があります。ただしこれはあくまで推測であり、「バレット」という姓の由来を裏付ける史料は存在しません。
まとめ
メアリー・バレット・シーモアは実在しない架空の人物であり、ジェーン・シーモアの妹とする記述は誤りです。ジェーンの実のきょうだいは、エドワード、トーマス、エリザベスなどを含む複数人が史料で確認されており、テューダー朝の歴史を学ぶ際は一次資料や信頼できる研究書に基づいて情報を見極めることが重要です。