ホロコーストにおけるロマ(ジプシー)の犠牲者数
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによるホロコーストはユダヤ人だけでなく、ヨーロッパ各地に暮らすロマ(ジプシー)の人々にも壊滅的な打撃を与えました。歴史学者の推定によれば、当時のヨーロッパのロマ人口のうち、22万人から50万人が命を落としたとされています。
「ポライモス」と呼ばれる大量虐殺
この悲劇は、ロマ語で「ポライモス(Porajmos)」あるいは「サムダリペン(Samudaripen)」とも呼ばれ、ロマ民族にとってのジェノサイド(大量虐殺)として記憶されています。ナチス政権は人種差別的な思想に基づき、ロマの人々を「劣等人種」とみなし、強制収容所への送致や組織的な殺害を行いました。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所にはロマ専用の区画が設けられ、1944年8月には約3,000人のロマが一斉にガス室へ送られるという悲劇も起きています。
犠牲者数に幅がある理由
犠牲者数が22万人から50万人という幅広い推定となっている背景には、いくつかの要因があります。
・当時のロマ人口に関する正確な戸籍記録や統計が不足していたこと
・戦乱の中で多くの死者が公式に記録されなかったこと
・東欧諸国などで村単位での虐殺が行われ、全貌が把握しきれていないこと
こうした事情から、実際の犠牲者数はさらに多かった可能性もあると指摘する研究者もいます。戦後長らくロマの被害は十分に認識されてきませんでしたが、現在ではホロコーストの重要な一環として国際的に追悼・記憶されるようになっています。