世界周航で知られる偉大な探検家ジェームズ・クック船長は、1762年に結婚した妻エリザベス・バッツとの間に、合わせて6人の子供をもうけました。
しかし悲しいことに、その子どもたちの多くは若くして世を去り、クック自身も1779年にハワイで亡くなったため、直系の子孫は残されていません。
ここでは、最年長から最年少の順に、6人の子供たちの生涯をご紹介します。
1. ジェームズ・クック(ジュニア)
生没年:1763年11月13日〜1794年12月28日
長男のジェームズは、1778年にイギリス海軍へ入隊しました。父親と同じく海軍での道を選び、コマンダー(中佐)まで昇進しています。しかし1794年、ベーリング海峡方面への遠征中に命を落としました。
2. ナサニエル・クック
生没年:1764年12月14日〜1781年10月2日
次男のナサニエルも父に憧れてイギリス海軍に入り、クックの第三次探検航海に同行しました。ところが1781年、わずか16歳という若さで結核のため亡くなっています。
3. エリザベス・クック
生没年:1767年4月15日〜1771年5月13日
長女のエリザベスは、4歳という幼い年齢で夭逝しました。ロンドン東部のステップニーに埋葬されています。
4. ジョセフ・クック
生没年:1768年8月25日〜1768年9月11日
三男のジョセフは、生後まもない乳児期に亡くなりました。姉のエリザベスと同じく、ステップニーに眠っています。
5. サラ・クック
生没年:1770年4月24日〜1821年2月18日
次女のサラは、6人の中では最も長寿でした。1792年に王立海兵隊の士官ジョン・リックマンと結婚し、比較的平穏な一生を送ったと伝えられています。
6. ヒュー・クック
生没年:1776年5月21日〜1793年10月19日
末っ子のヒューは、1788年にイギリス海軍へ入隊。名戦艦として知られるHMSヴィクトリー号を含む複数の艦船に乗務しましたが、1793年、17歳で黄熱病によりこの世を去りました。
まとめ
ジェームズ・クック船長の6人の子供たちは、海軍士官として活躍した者、幼くして亡くなった者と、それぞれ異なる人生を歩みました。当時の高い幼児死亡率や過酷な海軍生活を物語る、歴史の一面といえるでしょう。