第二次十字軍とは?エデッサ陥落が引き金となった遠征
第二次十字軍(1147年〜1149年)は、第一次十字軍後に十字軍が建設したエデッサ伯国が、当地のアタベクであるザンギーによって陥落させられたことを受けて、西欧諸国が起こした遠征です。その目的は、失われたエデッサを奪還し、残る十字軍国家を強化することにありました。
しかし、この遠征は失敗に終わります。フランス王ルイ7世とドイツ王コンラート3世が率いた大軍は、ザンギー朝シリアの都ダマスカスを攻略できず、多大な損害を出して撤退せざるを得ませんでした。
第二次十字軍の失敗がもたらした4つの影響
1. エデッサの喪失が確定
十字軍側はエデッサを取り戻すことができず、同地はその後、十字軍時代が終わるまでイスラム勢力の手に留まり続けることになりました。
2. 十字軍の威信低下と西欧の信頼喪失
遠征の失敗は十字軍の評判を大きく傷つけ、「西欧に果たして十字軍国家を守り抜く能力があるのか」という疑念を人々に抱かせる結果となりました。
3. ビザンツ帝国との亀裂拡大
さらに、この失敗はラテン西欧とビザンツ帝国(東ローマ帝国)の対立を深める一因ともなりました。十字軍側はビザンツ帝国が十分な支援を行わなかったとしてこれを非難し、両者の関係は次第に悪化していったのです。
4. 十字軍運動への内省と再評価
失敗は十字軍運動全体に内省と再評価の時期をもたらしました。一部の十字軍参加者たちは、自らの掲げる大義の正当性や、目的達成のために用いた手段そのものに疑問を持ち始めます。
その後の十字軍国家の運命
第二次十字軍以降、十字軍側は残された十字軍国家の支配強化と、イスラム勢力の攻撃からの防衛に注力することになりました。しかし、その後も幾度となく十字軍が派遣されたものの、いずれも当初の目標を達成することはできませんでした。
そして十字軍運動は13世紀に終焉を迎えます。聖地における最後の主要な十字軍拠点であったアッコーが陥落したことで、十字軍による聖地支配の歴史はここに幕を閉じたのです。