「最初の感謝祭にトウモロコシを持ってきたのは誰?」という質問に対する答えは、実は少し意外なものです。誰も持ち込んでいません。トウモロコシはアメリカ大陸原産の作物であり、1621年にプリマスで最初の感謝祭が行われた時点で、すでにこの土地に何千年もの間存在していたからです。
アメリカ大陸原産の作物としてのトウモロコシ
トウモロコシ(メイズ)は、中央アメリカ、特に現在のメキシコ一帯で数千年前に栽培化された作物です。ヨーロッパからの移民が到着するはるか前から、南北アメリカ大陸全体で広く栽培されており、北米においても最も重要な主食の一つでした。
つまり、感謝祭の食卓にトウモロコシが並んでいたとしても、それは遠くから「運ばれてきた」ものではなく、現地ですでに育てられていた作物だったのです。
先住民とトウモロコシの深い歴史
ニューイングランド地方に暮らしていたワンパノアグ族をはじめとする先住民族は、トウモロコシを中心とした高度な農業体系を持っていました。豆やカボチャと組み合わせて同じ畑で育てる「スリーシスターズ(三人姉妹)」と呼ばれる伝統的な混植技術は、土壌の栄養バランスを保ちながら収穫量を最大化できる優れた農法として知られています。
ピルグリムたちとトウモロコシの出会い
1620年にメイフラワー号で新大陸に渡ったピルグリムたちは、厳しい冬を乗り切るための食料と農業の知識に乏しく、多くの人が命を落としました。そこで助けとなったのが先住民族、特にスクアント(Squanto)と呼ばれる人物でした。彼はトウモロコシの栽培方法、肥料として魚を使う技法などを移民たちに教えたと伝えられています。
こうして学んだ農業技術によって初めての収穫を迎えたピルグリムたちは、1621年秋に収穫への感謝を捧げる祝宴を開きました。これが後の「最初の感謝祭」とされる出来事です。宴にはワンパノアグ族の人々も招かれ、狩りで得たシカなどの食材とともに、地元で収穫されたトウモロコシも食卓を彩ったと考えられています。
まとめ
最初の感謝祭にトウモロコシを「持ち込んだ」人物は存在しません。トウモロコシはアメリカ大陸固有の作物であり、先住民が何世代にもわたって大切に育ててきたものだからです。むしろ、その栽培の知恵を移民たちに伝えた先住民族こそが、最初の感謝祭を支えた存在だと言えるでしょう。