歴史物語

ウィリアム征服王の最初の妻マティルダは亡くなったのか?その結婚と最期

結論からお伝えすると、ウィリアム征服王の最初の妻であり、同時に唯一の妻でもあるマティルダ・オブ・フランダースは、1083年11月2日に亡くなっています。ここでは、二人の結婚生活とマティルダの最期について詳しく見ていきましょう。

ウィリアム征服王とマティルダの結婚

ウィリアム1世(ウィリアム征服王)は、1066年にイングランドへの侵攻を成功させ、イングランド王となったノルマンディー公です。彼の生涯において正式な妻となったのは、フランドル伯ボードゥアン5世の娘であるマティルダただ一人でした。二人は1053年に結婚し、政治的にも個人的にも強い絆で結ばれた夫婦として知られています。

9人の子供に恵まれた夫婦

ウィリアムとマティルダの間には、4人の息子と5人の娘、合わせて9人の子供が生まれました。息子たちの中には、後にイングランド王となるウィリアム2世やヘンリー1世が含まれており、マティルダの子孫はその後のイングランド王家の歴史に大きな影響を与えることになります。

マティルダの死と眠りの場所

マティルダは1083年11月2日、およそ54歳でこの世を去りました。彼女の遺体は、フランス・ノルマンディー地方のカーンにあるサント・トリニテ修道院(聖三位一体修道院)に埋葬されています。この修道院はウィリアムとマティルダ夫妻が創建に関わった由緒ある場所であり、現在も当時の墓が残されていることで知られています。