ゴリアド虐殺とは
ゴリアド虐殺(Goliad Massacre)は、テキサス革命中の1836年3月27日、メキシコ軍によってテキサス人捕虜342人から350人が大量に処刑された事件です。虐殺が行われたのは、コレトクリーク近郊に位置するテキサス州ゴリアドでした。
コレトクリークの戦いと捕虜の収監
テキサス人捕虜たちは、1836年3月20日に勃発したコレトクリークの戦いで捕らえられました。ジェームズ・ファニン大佐率いるテキサス部隊は、メキシコ軍の指揮官ホセ・デ・ウレア将軍の部隊との戦闘の末、降伏を余儀なくされました。
ウレアは捕虜たちをゴリアドへ連行し、プレシディオ・ラ・バイア(ラ・バイア要塞)に収監しました。
サンタ・アナの処刑命令
1836年3月27日、ウレアのもとに、メキシコ大統領アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナから「すべてのテキサス人捕虜を処刑せよ」という命令が届きました。ウレアはこの命令に従い、捕虜たちは要塞の外へ連れ出され、銃殺されたのです。
テキサス革命における重大な転換点
ゴリアド虐殺は、テキサス革命における重大な転換点となりました。この残虐な出来事は多くのテキサス人を激怒させ、テキサス独立運動への支持を大きく高める結果となりました。「ゴリアドを忘れるな(Remember Goliad!)」という言葉は、アラモの戦いと並ぶ復讐の合言葉として広まりました。
さらに、この虐殺はテキサス軍の結束を強め、1836年4月21日のサンジャシントの戦いにおける決定的な勝利へとつながっていきました。この勝利により、テキサスはメキシコからの独立を勝ち取ることになったのです。