歴史物語

アンネ・フランクはどこに住んでいた?アムステルダムの「隠れ家」を解説

アンネ・フランクが第二次世界大戦中に身を隠していた場所は、オランダ・アムステルダムの運河沿いにあるプリンセンフラハト通り263番地の建物です。彼女は家族とともに、この建物の奥に設けられた秘密の空間「隠れ家(アハトハウス)」で暮らしていました。

なぜ隠れ家で暮らすことになったのか

1940年にナチス・ドイツがオランダを占領すると、ユダヤ人への迫害は日増しに厳しさを増していきました。アンネの父オットー・フランクは、家族の命を守るため、自身が経営する会社の事務所が入るこの建物の裏手に隠れ家を準備しました。

1942年7月、13歳になったばかりのアンネは家族とともに隠れ家での生活を始めます。そこには父オットー、母エディス、姉マルゴーのほか、ファン・ダーン一家や歯科医のフリッツ・プフェファーも加わり、合計8人が約2年間にわたって潜伏生活を送りました。

隠れ家の様子

隠れ家への入口は、本棚に見せかけた可動式の扉の奥にありました。窓には目隠しが施され、日中は物音を立てないよう細心の注意が払われていたといいます。そんな閉ざされた環境の中で、アンネは日記を書き続けました。その日記こそ、後に世界で最も広く読まれる書籍の一つとなる『アンネの日記』です。

現在の建物:アンネ・フランクの家

この歴史的な建物を後世に残すため、1957年に保存財団が設立されました。現在は「アンネ・フランクの家」として博物館が開館しており、隠れ家はほぼ当時のまま保存されています。世界中から毎年多くの人々が訪れ、戦争と迫害の歴史について学ぶ場となっています。