第二次世界大戦中、アフリカ系アメリカ人は軍隊と国内(ホームフロント)の両方で、広範囲かつ組織的な差別に直面していました。「民主主義のための戦い」に参加しながら、自国の中では二級市民として扱われるという矛盾した状況に置かれたのです。
軍隊における差別
人種隔離(セグリゲーション)
アフリカ系アメリカ人の兵士は、陸軍・海軍・空軍などすべての軍種において白人兵士から隔離されていました。戦闘部隊への配属は原則として認められず、炊事、清掃、輸送などの後方支援業務に従事させられることがほとんどでした。
昇進機会の制限
アフリカ系アメリカ人の兵士には昇進の道が狭く、白人兵士に比べて将校として任官できる可能性も著しく低い状況でした。能力に関係なく、肌の色がキャリアを左右していたのです。
給与の不平等
同じ任務に従事しても、アフリカ系アメリカ人の兵士は白人兵士より低い給与しか支払われませんでした。
虐待と嫌がらせ
白人兵士や将校からの言葉による侮辱や身体的暴力を受けることも少なくなく、多くの黒人兵士が日常的に屈辱的な扱いに耐えていました。
それでもなお、タスキーギ・エアメン(アフリカ系アメリカ人初の戦闘機パイロット部隊)や第761戦車大隊など、多くの黒人部隊が優れた戦果を挙げ、差別に反論する存在となりました。
国内での差別
住宅差別
アフリカ系アメリカ人は白人居住区での住宅購入や賃貸を拒まれることが多く、劣悪な環境の地区に住むことを強いられました。
雇用差別
防衛産業を含む多くの職場で採用を拒否されたり、同じ仕事でも白人労働者より低い賃金しか支払われないことが一般的でした。
交通機関での差別
バスや列車などの公共交通機関では、乗車を拒否されたり、白人と分離された専用座席に着席することを強制されました。
リンチ(私刑)
最も深刻な問題の一つがリンチです。アフリカ系アメリカ人は白人の暴徒による私刑の被害者となることも多く、法による保護が十分に行き届いていない実態がありました。
差別の背景とその後の変化
これらの差別は、当時のアメリカ社会に深く根付いていた人種差別主義(レイシズム)に起因するものでした。戦争中、黒人コミュニティは「海外でのファシズムに対する勝利」と「国内での人種差別に対する勝利」を掲げる「ダブルV(ダブルビクトリー)・キャンペーン」を展開し、平等を求める声を高めていきました。
こうした動きが実を結ぶのは時間が必要でした。1948年にトルーマン大統統領が軍隊の人種隔離撤廃を命じる大統領令9981号に署名したものの、アフリカ系アメリカ人が差別克服へ大きく前進するのは、1950年代から1960年代の公民権運動を待たなければなりませんでした。