19世紀後半のアメリカにおいて、農民たちは自らの声を政治に届け、深刻な経済的苦境を打破するために、さまざまな組織を結成しました。本記事では、その背景となった理由と、代表的な農民組織について詳しく解説します。
農民組織が結成された主な理由
1. 政治的発言力の不足
農民たちは、鉄道や穀物倉庫(グレイン・エレベーター)の規制、政府による有利な農業政策の実現といった重要な問題について、自分たちの意見を反映させるだけの政治力を持っていないと感じていました。組織化することで、政治への影響力を高めようとしたのです。
2. 経済的な困難
農業資材や輸送費の高騰、そして農作物の低価格と激しい価格変動といった経済的問題への対処も、組織結成の大きな動機でした。単独では解決できない課題に、団結して立ち向かう必要がありました。
3. 教育的・社会的活動の場
農民組>農民組織は、農業技術に関する講演会、地域社会のイベント、政治家への働きかけ(ロビー活動)など、会員にとっての教育の機会と社交の場も提供していました。孤立しがちだった農村部の人々にとって、貴重なつながりの場となったのです。
代表的な農民組織
グレンジ(National Grange of the Patrons of Husbandry)
1867年に設立されたグレンジは、共同購入や販売などの協同組合活動、そして政治的な運動を通じて、農民の経済的・社会的状況の改善を目指しました。19世紀後半の農業改革運動において、極めて重要な役割を果たした組織です。
農民同盟(Farmers' Alliances)
全米農民同盟(National Farmers' Alliance)と全米農民同盟産業組合(National Farmers' Alliance and Industrial Union)は、19世紀後半における二大農民組織でした。両者は、鉄道や穀物倉庫の独占を規制する政府の介入を求めるとともに、市場での交渉力を高めるための農業協同組合の設立を提唱しました。
農民たちを苦しめた要因
鉄道と穀物倉庫への依存
農民たちは、作物を市場へ運ぶために鉄道会社に依存せざるを得ず、穀物倉庫の運営者からは保管や取り扱いに対して高い料金を請求されることが少なくありませんでした。自らの収穫物を売る手段を他者に握られている状態は、農民にとって大きな不安要素でした。
農作物の低価格
過剰生産や海外からの競争の激化により、農作物の価格は低下の一途をたどり、農民たちの生計はますます厳しくなっていきました。
高い関税
農民が必要とする工業製品には高い関税がかけられており、生活コストの増加という重い負担を強いられました。
他の利害集団による政治的支配
より強力な企業や産業界の利益が優先され、農民のニーズや懸念は軽視されていると感じていました。こうした疎外感が、組織化への機運を一層高めることになったのです。
まとめ
グレンジや農民同盟の結成は、政治力の不足、経済的な困難、そして社会的なつながりの必要性という複数の要因が重なった結果でした。これらの組織は、後にポピュリズム運動へと発展するなど、アメリカの農業政策や政治のあり方に大きな影響を与え続けました。