第一次世界大戦前のアフリカを支配していた列強諸国
第一次世界大戦(1914年〜1918年)が勃発する以前、アフリカ大陸の大部分はヨーロッパ列強によって植民地化されていました。これらの国々には、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、スペイン、ポルトガルが含まれます。
「アフリカ分割」と呼ばれた植民地争奪競争
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ諸国は「スクランブル・フォー・アフリカ(アフリカ分割)」と呼ばれる激しい領土争奪競争を繰り広げました。1884年から1885年にかけて開催されたベルリン会議では、列強間でアフリカにおける勢力範囲の取り決めが行われ、植民地獲得競争にさらに拍車がかかりました。
主要な植民地保有国とその支配地域
- イギリス: エジプト、南アフリカ、ナイジェリア、ケニアなど、戦略的に重要な広大な領域を支配
- フランス: 西アフリカやマダガスカルなど、面積では最大規模の植民地帝国を建設
- ドイツ: 東アフリカ(現在のタンザニア周辺)、南西アフリカ(現在のナミビア)、カメルーンなどを獲得
- ベルギー: 国王レオポルド2世の私的領地だったコンゴ自由国(後のベルギー領コンゴ)を支配
- イタリア: リビア、エリトリア、ソマリランドの一部を領有
- スペイン: モロッコ北部や西サハラなど、比較的限られた地域を支配
- ポルトガル: アンゴラ、モザンビークなど、ヨーロッパ諸国の中で最も古い歴史を持つ植民地を保持
独立を守り抜いた国々
列強による分割の中で、独立を維持できたのはエチオピアとリベリアのわずか2か国のみでした。特にエチオピアは、1896年のアドワの戦いでイタリア軍を撃退し、植民地化を免れたことで知られています。
植民地支配が残した影響
ヨーロッパ列強による支配は、資源の搾取や強制労働、伝統的な社会構造の破壊をもたらしました。また、列強の都合で引かれた国境線は民族や言語の分布を無視しており、その後のアフリカ諸国における紛争の一因となりました。第一次世界大戦後も植民地体制は当面続きましたが、20世紀半ば以降、アフリカ諸国は次々と独立を達成していきました。