アフリカの歴史

アパルトヘイト時代の南アフリカを率いたのは誰?マランと国民党による約50年の支配

1948年総選挙と国民党の政権獲得

1948年5月26日、ダニエル・フランソワ・マラン(Daniel François Malan)率いる国民党(ナショナル党、NP)が総選挙に勝利し、政権を掌握しました。この勝利によって、約50年にわたるアパルトヘイト(人種隔離政策)の時代が幕を開けることとなります。

なお、当時の南アフリカでは行政府の長は「首相」であり、マラン自身がアパルトヘイト政権最初の首相に就任しました。国家元首である「大統領」の職は当初儀礼的な役割にとどまっていましたが、1984年の憲法改正によりP・W・ボータが強力な権限を持つ大統領となり、その後はフレデリック・ウィレム・デクラークらがこの職を継ぎました。

アパルトヘイト政策の始まりと歴史的背景

南アフリカにおける「アパルトヘイト」という言葉は、一般的に1948年に国民党が公式に実施した人種隔離政策を指します。ただし、その一部の法制はさらに古く、1913年までさかのぼります。例えば同年に制定された「原住民土地法」は、黒人の土地所有を国土のごく一部の区域に制限するものでした。

より広い視点で見れば、人種差別的な制度そのものは、1806年にイギリス帝国が喜望峰を支配して以降、さまざまな形で存在し続けてきました。こうした制度は、1991年6月30日にアパルトヘイト関連法が廃止されるまで、実に180年以上にわたって続いたことになります。

アパルトヘイトの終焉

1990年、デクラーク政権下でネルソン・マンデラが釈放され、アパルトヘイト撤廃に向けた交渉が本格化しました。そして1994年には全人種が参加する初の民主的総選挙が実施され、マンデラが南アフリカ初の黒人大統領に就任。同国はようやく人種隔離の時代に別れを告げたのです。