アパルトヘイトと「祖国」政策
アパルトヘイト(人種隔離政策)期の南アフリカでは、黒人住民を白人支配地域から分離するため、部族ごとの保留地として「ホームランド(バントゥースタン)」と呼ばれる区域が設けられました。政府はこれらを「祖国」と位置づけ、一部には形式的な「独立」まで与えました。
その中でも、南アフリカによって「独立国」として宣言された代表的な3つの祖国が、以下の通りです。
1. トランスカイ(Transkei)
コーサ族を主な住民とする東ケープ地方のホームランドで、1976年に最初の「独立」を宣言しました。ネルソン・マンデラの出身地としても知られています。
2. ボプタツワナ(Bophuthatswana)
ツワナ族のホームランドで、1977年に「独立」を宣言。複数の飛び地から構成され、当時はカジノや娯楽施設で知られる観光地も抱えていました。
3. シスカイ(Ciskei)
東ケープ地方に位置する比較的小規模なホームランドで、1981年に「独立」を宣言しました。
国際社会からの承認なし
これらの「独立」は、南アフリカおよび互い以外のどの国からも承認されず、国連をはじめとする国際社会は一貫して違法とみなしました。なお、後にヴェンダ(Venda)も1979年に独立を宣言しており、これら4か国は「TBVC諸国」と総称されます。
1994年の民主化に伴い、すべてのホームランドは廃止され、南アフリカの新たな州制度へと再編されました。