アフリカの西海岸沿いに探検家を派遣した最初のヨーロッパの国は、ポルトガルです。15世紀、ポルトガルは「大航海時代」の幕開けを主導し、未知なる海への挑戦をいち早く始めた国として知られています。
エンリケ航海王子と探検の始まり
ポルトガルの海外探検は、エンリケ航海王子(インファンテ・ドン・エンリケ)の強力な支援のもとで本格化しました。彼は探検隊の組織や航海技術の研究に力を注ぎ、アフリカ西岸への遠征を繰り返し後押ししました。
15世紀前半には、ジョアン・ゴンサウヴェス・ザルコがマデイラ諸島を発見し、ジル・エアネスは1434年にそれまで船乗りたちが越えられなかったと恐れられていたボハドール岬を突破しました。これらの成果により、ポルトガル船は次第にアフリカ沿岸を南下していきました。
インド航路開拓という目的
ポルトガルがアフリカ西岸の探検を進めた最大の動機は、陸路に頼らず海から直接インドへ至る航路を見つけることにありました。当時、香辛料や絹などの東方の交易品は中継地を経由してヨーロッパにもたらされており、その中間マージンは非常に高額でした。そこで、アフリカ大陸を回り込めばインド洋へ出られるのではないかと考えたのです。
喜望峰到達とアジア航路の開設
こうした積み重ねの末、1488年にバルトロメウ・ディアス率いる探検隊がついにアフリカ最南端の岬に到達しました。この岬は当初「嵐の岬」と呼ばれましたが、後に国王ジョアン2世によって「喜望峰(Cabo da Boa Esperança)」と名付けられました。
喜望峰の発見は、アフリカ大陸を迂回してアジアへ向かう航路が存在することを証明する歴史的な瞬間でした。そして1498年にはヴァスコ・ダ・ガマがこの航路を通ってインドのカリカットに到達し、ヨーロッパとアジアを直接結ぶ海上交易路が正式に開かれたのです。
まとめ
アフリカ西岸への探検を最初に行ったヨーロッパの国はポルトガルであり、その挑戦は15世紀の大航海時代の出発点となりました。エンリケ航海王子の支援、ザルコやエアネスら探検家の活躍、そしてディアスによる喜望峰到達といった一連の歩みは、世界史を大きく変えるグローバルな交易時代への道を切り拓いたのです。