アジアの歴史

ナカスピンド運動の歴史|1930年パトナでの塩法破りと公民不服従運動

はじめに

本記事では、インド独立運動史において重要な位置を占めるナカスピンド運動の歴史について詳しく解説します。公民不服従運動の時期における塩法破りの動きとして知られるこの運動は、各種試験でも頻出のテーマです。試験対策に役立つよう、経緯・指導者・歴史的意義まで整理してお伝えします。

ナカスピンド運動とは

ナカスピンド運動は、1930年に始まった塩のサティヤーグラハ(塩の不服従運動)の一環として、ビハール州パトナで展開された運動です。特に公民不服従運動の時期において、塩法(塩税法)を破るうえで重要な役割を果たしました。

ナカスピンドはパトナ県内にある場所で、塩法を破るための拠点として選ばれました。

運動の背景

1930年3月、マハトマ・ガンジーは不当な塩税に抗議して有名な「ダンディ行進」に出発し、4月6日に海岸で自ら塩を作ることで塩法への不服従を開始しました。この呼びかけは全国へ波及し、パトナでも塩のサティヤーグラハを実行する気運が急速に高まっていきました。

「ナカスピンド・チャロ」のスローガン

1930年4月16日から21日にかけて、パトナの街には「ナカスピンドへ行こう(ナカスピンド・チャロ)」というスローガンが響き渡りました。地元の人々はガンジーの呼びかけに応えて塩のサティヤーグラハを貫くことを決意し、警察による弾圧に決して屈しない強い姿勢を示しました。

1930年4月16日の出来事

1930年4月16日、新聞『サーチライト』のマネージャーであり、パトナ市コングレス委員会の書記でもあったアンビカー・カント・シング率いる一団が、パトナのナカスピンダと呼ばれる場所へ向かい、塩法を破ろうとしました。

しかし、一行は途中で警察に止められ、一部の人々が逮捕されました。これが人々の憤激を招き、群衆と警察との間で衝突が発生しました。一方、別の一団はナカスピンドへの到達に成功し、実際に塩を作ることで塩法を破ることに成功しました。

運動を支えた主要な指導者

この運動には、ビハール州を代表する著名な指導者たちが多数参加しました。主な人物は以下の通りです。

  • ラージェーンドラ・プラサード:後にインド初代大統領となる人物
  • アブドゥル・バーリー教授
  • アーチャーリヤ・J・B・クリパラーニ

歴史的意義

ナカスピンド運動は、ガンジーが開始した塩のサティヤーグラハが都市部や地方にも広く浸透していたことを示す好例です。一般市民が先頭に立って塩法を破ったこの動きは、公民不服従運動における大衆参加の象徴となり、インド独立運動の歴史に重要な一頁を刻みました。

試験対策のポイント

  • 時期:1930年4月16日〜21日
  • 場所:ビハール州パトナ県のナカスピンド
  • 目的:塩法(塩税法)の破壊
  • 中心人物:アンビカー・カント・シング、ラージェーンドラ・プラサード、アブドゥル・バーリー教授、クリパラーニら

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