オスマン帝国は南アジアを支配していなかった
「オスマン帝国が南アジアを支配した」というのはよくある誤解です。実際には、オスマン帝国の支配領域はアナトリア(現在のトルコ)を中心として、中東、北アフリカ、バルカン半島一帯に及んでおり、インド亜大陸である南アジアには勢力を拡大していません。
同時期の南アジアを支配していたのはムガル帝国
オスマン帝国とほぼ同じ時代に栄え、南アジアを支配した大国こそムガル帝国です。
ムガル帝国は1526年、中央アジア出身の武将バーブルによって創建されました。パーニーパットの戦いで勝利し、以後インド亜大陸の大部分を統治する巨大帝国へと発展します。
ムガル帝国の主な歴代皇帝
・バーブル:帝国の創設者
・アクバル大帝:宗教的寛容政策により帝国の基盤を強化
・シャー・ジャハーン:タージ・マハールを建造
・アウラングゼーブ:帝国の最大版図を実現
帝国の最盛期と衰退
17世紀後半のアウラングゼーブの時代にムガル帝国は最盛期を迎え、現在のインド、パキスタン、バングラデシュのほぼ全域を支配しました。しかし18世紀に入ると内紛やマラーター同盟、イギリス東インド会社などの台頭により急速に衰退します。
1857年のインド大反乱(セポイの乱)を機に、最後の皇帝バハードゥル・シャー2世が退位させられ、名目上存続していたムガル帝国は正式に滅亡しました。
まとめ
オスマン帝国時代(おおよそ14世紀〜20世紀初頭)の南アジアを支配していたのは、オスマン帝国ではなくムガル帝国です。両者はともにイスラーム王朝として同時期に存在しましたが、支配地域はまったく異なっていました。