結論:ソ連は1945年8月9日に参戦した
はい。ソ連軍は1945年8月9日、満州(現在の中国東北部)や朝鮮半島北部、南樺太などへ侵攻し、日本との戦争(ソ連対日参戦)に正式に加わりました。
ヤルタ会談での密約
1945年2月、クリミア半島のヤルタで開かれた連合国首脳会談において、米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相、そしてソ連のスターリン首相が会談しました。この場でスターリンは、「ナチス・ドイツの降伏後3か月以内にソ連が対日参戦する」ことを秘密裏に約束しました。これは太平洋戦争の早期終結を見据えた連合国側の重要な合意でした。
参戦の見返りとしての条件
ソ連の対日参戦には、以下のような条件が付されていました。
- 南樺太(サハリン南部)の日本からの返還
- 千島列島のソ連への譲渡
- 満州における東清鉄道・南満洲鉄道の利権確保
- 旅順・大連の港湾施設の使用権
- 外モンゴル(モンゴル人民共和国)の現状維持
参戦までの流れ
ナチス・ドイツが連合国に無条件降伏したのは1945年5月8日のことです。ヤルタでの約束どおり、ちょうど3か月後の8月8日、ソ連は日本に対して宣戦布告を行い、翌8月9日未明、100万人を超える大兵力をもって満州へ一斉に侵攻しました。当時、日本の関東軍はすでに精鋭部隊を南方戦線へ抽出していたため、圧倒的なソ連軍の攻勢を支えることはできませんでした。
日本の降伏への影響
ソ連の参戦は、広島(8月6日)・長崎(8月9日)への原子爆弾投下と相まって、日本の降伏を決定づける重大な要因となりました。当時の日本政府は、ソ連を仲介者とした和平工作に最後の期待を抱いていましたが、ソ連の参戦によってその道は完全に閉ざされました。こうして日本は8月14日にポツダム宣言を受諾し、8月15日に終戦を迎えることとなったのです。