米軍の犠牲を最小限に抑えたいという思惑
ハリー・S・トルーマン大統領が広島と長崎への原爆投下を決断した理由として最も有力視されているのが、「米軍の犠牲者を最小限に抑えたい」という思惑です。
当時の米軍首脳部の推計によれば、日本本土への地上侵攻(ダウンフォール作戦)を実行した場合、米軍の死傷者は極めて多数に上ると予想されていました。推計には幅がありましたが、その数は数十万人規模に達し、一部の見積もりでは最大100万人に及ぶともされていました。硫黄島や沖縄での激戦で米軍が受けた甚大な損害は、本土決戦がいかに苛烈なものになるかを如実に示唆していました。
これに対し、原子爆弾の使用は、一撃で壊滅的な打撃を与え、日本の降伏を早期に実現させうる手段であると考えられました。実際、原爆投下とソ連の対日参戦が相まって、日本は1945年8月15日に降伏を表明します。本土上陸作戦が回避されたことで、米兵の大量の犠牲、そして日本側の軍人・民間人を含むさらに膨大な人的損失を防げた——これが、トルーマン政権が原爆使用を正当化した中心的な論理でした。