「ソ連はアメリカによる日本への原爆投下を恐れていたのではないか」という見方がありますが、これを裏付ける歴史的な証拠は存在しません。むしろ、当時のソ連指導部は原爆投下を歓迎していた可能性が高いと考えられています。
ヤルタ協定と満洲進攻の加速
1945年2月のヤルタ会談において、ソ連は対日参戦と引き換えに、南樺太や千島列島の領有、満洲における権益の獲得などを約束されていました。アメリカが原爆を使用することで日本の降伏が早まれば、ソ連は約束された満洲への進駐をより迅速に実現できることになります。
実際、ソ連は同年8月8日に日ソ中立条約を事実上破棄して対日参戦し、直ちに満洲へ侵攻しました。原爆投下は、この作戦を有利に進める追い風となったのです。
東欧における共産圏構築の正当化
さらに、戦後の東欧に共産主義勢力圏(バッファーゾーン)を築く際の正当化材料としても機能しました。米ソ間の緊張が高まるほど、ソ連は「自国の安全保障」を理由に東欧諸国への影響力を強化する口実を得やすくなります。冷戦の序章ともいえる状況の中で、原爆の出現はソ連にとって脅威であると同時に、対外拡張の論拠ともなりえたのです。
まとめ
つまり、「ソ連は原爆投下を恐れた」とする説には確たる根拠がなく、むしろソ連はそれを、ヤルタ協定に基づく満洲占領の前倒しと、戦後東欧における共産圏拡大の正当化につながる好機として受け止めていた可能性が高いといえます。