中国は歴史の中でさまざまな名称で呼ばれてきましたが、「チャイナ(China)」という名称は2000年以上もの間、使われ続けてきたと言われています。では、この呼称はどのように生まれ、世界に広まったのでしょうか。
「China」の語源は秦王朝
「China」の起源は、紀元前221年から紀元前206年にかけて存在した秦(しん)王朝にあると考えられています。秦は中国史上初めて全国を統一した王朝であり、その強大な力と影響力は周辺地域にまで広く知れ渡っていました。
当時の中国を知る外部の人々にとって、「秦」という王朝の名こそがこの土地を指す言葉となったのです。
サンスクリット語から西洋世界へ
古代インドでは、秦を指す呼称として「チーナ(Cīna)」が用いられ、『マハーバーラタ』などの古典文献にもこの名が登場します。この呼称はさらに西へ伝わり、ペルシャ語では「チーン(Chīn)」として定着しました。
やがてローマ人はこの名称をラテン語化し、「シナエ(Sinae)」という形で記録しています。古代ギリシャの地理学者プトレマイオスの著作にも、東方の国として「シナ(Thin/Sinae)」の名が見られます。
現代の「China」への変遷
16世紀にアジアへ進出したポルトガル人が、ペルシャ語由来の呼称を「China」としてヨーロッパへ伝えました。これが英語をはじめとする各国の言語に広まり、今日私たちが使う「China」という名称へとつながっています。
中国自身による「中国」という自称
興味深いことに、中国国内では王朝が変わるごとに国号も変わっていたため、「漢」「唐」「明」「清」などの時代には「中国」という名が正式な国名として使われていたわけではありません。
「中国(Zhongguo)」とは本来「天地の中央の国」を意味する概念で、その起源は周代にまでさかのぼります。この自称が正式な国家名称として定着したのは、1912年の中華民国成立以降、そして1949年の中華人民共和国建国によって今日の形となりました。
つまり「中国」という国は、外部からは古い王朝の名に由来する「China」として、内部では「中央の国」を意味する「中国」として、二つの異なる系譜の名称を持っているのです。