結論から言えば、はい、その交易路は現在の中国に位置していました。シルクロードの商人たちがトルファンを通過する際に利用したのは「北庭道(ほくていどう)」と呼ばれるルートで、これはシルクロードの北路(北回りルート)にあたります。
北庭道とはどんなルートだったのか
北庭道は、中国新疆ウイグル自治区に広がるトルファン盆地を貫く交易路です。トルファン盆地は乾燥した気候ながら、天山山脈からの雪解け水を水源とする肥沃なオアシスが点在しており、東西を行き交う隊商にとって欠かせない中継地となっていました。海抜マイナスの窪地を有するこの盆地は、過酷な環境ゆえに旅人にとって休息と補給の拠点として特別な意味を持っていたのです。
このルートを行き交った人々と商品
北庭道を利用したのは中国の商人だけではありません。中央アジアや中東からやって来た商人たちも数多くこの道を往来し、次のような商品が東西に運ばれました。
- 絹(シルク)
- 茶
- 香辛料
- 金などの貴金属
こうした物資の交換を通じて、トルファンのオアシス都市は国際的な交易拠点として大きく繁栄しました。
商人だけではない――仏教巡礼者の道
興味深いことに、北庭道は商業路であると同時に、信仰の道でもありました。インドを目指す仏教の巡礼者たちもこのルートをたどりました。唐代の高僧・玄奘三蔵が西域へ向かう途中にトルファン(当時の高昌国)を訪れたことは特に有名で、仏教文化がこの地域を経由して東アジアへ伝わったことを物語っています。
まとめ
トルファンを通過するシルクロードの交易路「北庭道」は、現在の中国・新疆ウイグル自治区に位置していました。絹や茶、香辛料、金を運ぶ商人たち、そしてインドへ向かう仏教徒たちが行き交ったこの道は、東西文明の交流を支えた重要な動脈だったのです。