アジアの歴史

アショカ・チャクラがインドの国章として採用されたのはいつ?その歴史的背景を解説

アショカ・チャクラ(Ashoka Chakra)がインドの国章の一部として正式に採用されたのは、1950年1月26日です。この日は、インドがイギリス連邦内の自治領から完全な主権国家である「インド共和国」として新たな出発を遂げた、記念すべき共和制発足の日でした。

国章の由来:サールナートのアショカ王獅子柱頭

インドの国章は、紀元前3世紀にマウリヤ朝のアショカ王によって建立された、サールナート(シバサ)の獅子柱頭を基にしています。この柱頭には4頭のライオンが背中合わせに座り、その下部の基壇(アバカス)には24本のスポークを持つ車輪=アショカ・チャクラが刻まれています。

独立直後のインドは、宗教や言語、民族の多様性を超えて国民を一つに結びつける象徴を必要としていました。そこで、寛容と法(ダルマ)による統治を体現するアショカ王の遺産が選ばれたのです。

アショカ・チャクラが持つ意味

アショカ・チャクラは「法の輪(ダルマ・チャクラ)」とも呼ばれ、以下のような深い象徴的意味を持っています。

  • 24本のスポーク:1日24時間の勤勉さと、絶え間ない前進を表します。
  • 車輪の動き:静止ではなく変化と進歩、つまり国家の継続的な発展を象徴します。
  • 正義と法:アショカ王が布教した仏教の「ダルマ(正しい道)」の理念を反映しています。

国旗にも描かれるアショカ・チャクラ

なお、国旗中央の白帯に描かれている青いアショカ・チャクラは、それより早い1947年7月22日に採用されました。当初はガンディーが提唱した糸車(チャルカ)が使われる予定でしたが、全ての人々に共通する意匠として、より古く普遍的なアショカ・チャクラへと変更されました。

こうしてアショカ・チャクラは、国章と国旗の両方において、インドの歴史・文化・価値観を代表する国家的シンボルとなったのです。