結論:真珠湾攻撃への対応策ではない
いいえ、キャッシュ・アンド・キャリー法(現金払い・自己輸送方式)が日本による真珠湾攻撃への対応として施行された、というのは事実ではありません。
この制度は真珠湾攻撃(1941年12月)よりはるかに前、1930年代のアメリカで成立したものであり、むしろ「戦争に巻き込まれたくない」という当時のアメリカの孤立主義的な姿勢を反映した政策でした。
中立法の一環として誕生した背景
キャッシュ・アンド・キャリー方式は、1935年以降に相次いで制定された一連の中立法(Neutrality Acts)の中で導入されました。第一次世界大戦の経験から、ヨーロッパの紛争に再び引きずり込まれることを強く警戒していたアメリカは、交戦国への武器や物資の売却を厳しく制限しようとしたのです。
なお、厳密には「現金で買い、自国の船で運び出す」という原則は1937年の中立法で非軍事物資に適用され、1939年には武器にも拡大されました。
制度の仕組みと目的
この法律のもとで、アメリカから商品を購入する国は次の条件を守る必要がありました。
- 代金はすべて現金(ドル)で支払うこと
- 商品は購入国自身の船舶で輸送すること
戦争中の国々は外貨の保有量にも輸送力にも限りがあったため、これらの条件は交戦国がアメリカから物資を調達する上で大きな障害となりました。一方で、アメリカ商船が交戦海域で攻撃される危険を避けられるという利点もあり、アメリカにとっては「戦争回避のための防波堤」として機能したのです。
その後の展開
ヨーロッパ情勢の悪化に伴い、1941年3月にはキャッシュ・アンド・キャリー方式に代わる武器貸与法(レンドリース法)が成立し、イギリスなど連合国への物資供給が大幅に拡大しました。そして1941年12月の真珠湾攻撃によってアメリカが参戦すると、中立法による制限の時代は実質的に終わりを迎えます。
まとめると、キャッシュ・アンド・キャリー法は真珠湾攻撃の原因でも対応策でもなく、アメリカが戦争の火種を自国に持ち込まないために設けた、1930年代の政策だったということになります。