ムガル帝国を建国したのは、ティムールとチンギス・ハンの双方の血を引く武将、バーブル(ザヒールッディーン・ムハンマド・バーブル)です。彼は1483年に中央アジアで生まれ、1494年にはわずか12歳にしてフェルガナ渓谷(現在のウズベキスタン東部)の支配者の座に就きました。
インド亜大陸への遠征
バーブルは故郷中央アジアでの覇権争いに苦戦を強いられた後、その視線を南のインド亜大陸へと向けました。そして1526年、彼は本格的なインド征服に乗り出します。
パーニーパットの戦いと帝国の成立
同年、バーブルはデリー・スルタン朝最後の君主イブラーヒーム・ローディーを第一次パーニーパットの戦いで撃破しました。火砲と機動力のある騎兵戦術を巧みに駆使した彼の軍勢は、数で優勢な敵軍を見事に打ち破ります。この決定的な勝利により、バーブルはムガル帝国の初代皇帝として君臨することになりました。
その後のムガル帝国
バーブルが築いた基盤の上に、ムガル帝国はその後300年以上にわたって繁栄していきます。孫のアクバル大帝の時代に最盛期を迎え、タージ・マハルを建造したシャー・ジャハーンや、帝国最大の版図を誇ったアウラングゼーブ帝へと受け継がれました。中央アジアの一地方侯から身を起こしたバーブルの冒険こそが、世界史上屈指の大帝国を生み出したのです。