アジアの歴史

ポルトガルはマカオを「侵攻」したのか?その歴史の真実を解説

よく誤解されがちですが、ポルトガルが武力によってマカオを侵攻したわけではありません。マカオの歴史は、中国王朝との交渉と「賃借」という形で始まったのです。

1557年、明朝からの賃借で始まったマカオの歴史

16世紀半ば、東方貿易の拡大を目指していたポルトガル人は、中国との交易拠点を強く求めていました。1557年、ポルトガルは当時の中国王朝である明(みん)朝から、マカオ半島の使用権を年間の支払い料(地代)を条件として賃借することに成功します。

この賃借の最大の目的は、貿易拠点(商館)の設立でした。マカオは中国とヨーロッパ、さらに日本や東南アジアを結ぶ海上交易の中継地として急速に発展し、東西交流の重要な玄関口となっていきました。

1887年、正式なポルトガル領へ

当初はあくまで「賃借地」にすぎなかったマカオですが、1887年に締結された中葡(ちゅうぽ)間の条約により、マカオは正式にポルトガルの植民地となりました。これにより、ポルトガルによる統治が法的にも確定することになります。

400年余りの統治を経て中国へ返還

ポルトガルによる統治は400年以上にわたり続きましたが、1987年の中日共同声明の取り決めにより返還が確定し、1999年12月20日、マカオは中国へ返還されました。現在は中国の特別行政区として、「一国二制度」の下で独自の行政体系と経済制度を保っています。

まとめ

マカオは武力による侵略ではなく、1557年の明朝からの賃借を起点とし、貿易拠点として発展した土地です。その後1887年に正式な植民地となり、1999年の中国返還まで約440年間にわたるポルトガルとの関わりが続きました。東西文化が融合した独特の歴史を持つ街として、今日でも世界遺産の街並みが多くの人々を魅了しています。