アジアの歴史

ベトナム・東南アジアから生還した米軍捕虜(POW/MIA)の記録一覧

はじめに:POW/MIAとは何か

POW/MIAとは、「Prisoners of War(戦争捕虜)」と「Missing in Action(戦闘中行方不明者)」を組み合わせた言葉です。ベトナム戦争では、多くのアメリカ軍人が北ベトナム、ラオス、カンボジアなどで捕虜となったり、行方不明になったりしました。本記事では、東南アジアから生きて帰還した捕虜たちの主な記録を紹介します。

オペレーション・ホームカミング:591名の帰還

最大規模の生還となったのは、1973年に実施された「オペレーション・ホームカミング(Operation Homecoming)」です。パリ和平協定の調印に伴い、北ベトナムは1973年2月12日から3月29日までの間に、合計591名のアメリカ人捕虜を段階的に解放しました。ハノイ周辺の収容施設から解放された彼らは、空路でフィリピンのクラーク空軍基地などを経由して帰国し、その様子は全米に大きな感動を呼びました。

ホームカミング以降の個別的な解放

1973年の大規模な帰還の後も、ごく少数ながらアメリカ人捕虜の解放が報告されています。主な事例は以下のとおりです。

  • 1974年:北ベトナムからさらに数名のアメリカ人捕虜が解放されたと報告されました。
  • 1975年:ラオスから2名のアメリカ人捕虜が解放されました。
  • 1976年:カンボジアから1名のアメリカ人捕虜が解放されました。
  • 1979年:約14年間にわたり拘束されていた元海兵隊員のボビー・ガーウッド(Bobby Garwood)がベトナムから解放されました。ただし、彼の扱いをめぐっては米国内でも議論がありました。

それ以降の数十年間にも、ベトナム、ラオス、カンボジアから個別の解放や生存に関する情報が断続的に報告されてきました。しかしこれらの事例はきわめて散発的であり、件数や確認状況については資料によって大きな差がある点に留意が必要です。

数字を読む際の注意点

これらの数値はあくまで概算であり、出典や「誰をPOW/MIAとみなすか」という解釈によって変動します。また、同一人物が複数回にわたって報告されるケースや、遺体が回収された後に解放と記録されるケースも存在します。正確な情報を確認するには、米国防総省のDPAA(Defense POW/MIA Accounting Agency:国防総省捕虜・行方不明者調査局)などの一次資料を参照することをおすすめします。

おわりに

ベトナム戦争におけるPOW/MIA問題は、開戦から半世紀以上が経過した今も、遺族や退役軍人コミュニティにとって重要なテーマであり続けています。米国政府は現在も、行方不明者の捜索と身元確認のための活動を東南アジア各地で継続しています。