「呉(ウー、繁体字:吳、簡体字:吴)」は、中国で最も一般的な姓の一つです。その起源は、紀元前1046年から紀元前256年まで続いた周王朝の時代に遡ることができます。
呉姓の発祥:泰伯の封地
呉姓の始祖とされるのは、周王室の公子であった泰伯(たいはく)です。彼は周の君主から「呉」の地を与えられ、そこに封じられました。この呉の地は、現在の江蘇省・浙江省一帯に位置しています。
伝説によれば、泰伯は弟の仲雍とともに南方へ移り住み、現地の風習を受け入れながら呉の基礎を築いたといわれています。泰伯の譲り合いの精神は美徳の象徴として後世に語り継がれ、彼は呉姓の人々にとって重要な祖先とされています。
呉国の支配者となった呉家
泰伯の子孫はこの地域で勢力を拡大し、紀元前11世紀から紀元前5世紀にかけて存在した「呉国」の支配者となりました。春秋時代には、呉王夫差などが中原の覇権を争う有力な君主として名を馳せており、呉姓の歴史は中国古代史と深く結びついています。
世界に広がる呉姓
今日、呉姓は中国本土にとどまらず、台湾、香港、マカオをはじめ、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国、さらにはアメリカ合衆国など、華人コミュニティが存在する世界各地で見られます。
なお、地域によって読み方や表記も異なり、広東語圏では「ン(Ng)」、英語圏では「Woo」や「Ng」といった表記が用いられることもあります。中国有数の大姓である呉は、長い歴史を持つ由緒ある姓として、今も多くの人々に受け継がれています。