日本による対外拡張・侵略政策は、一般的に20世紀初頭から本格化したとされています。その始まりとして特に重要な節目とされるのが、1910年の韓国併合と1931年の満洲事変です。
韓国併合(1910年)
日露戦争(1904年〜1905年)に勝利した日本は、大韓帝国を実質的に保護国化し、1910年8月に「日韓併合条約」を締結して朝鮮半島を正式に併合しました。これにより、日本は東アジアにおける植民地支配への道を歩み始めることになります。
満洲事変(1931年)
1931年9月18日の「柳条湖事件」を発端とする満洲事変では、関東軍が南満洲鉄道の線路爆破を自ら仕組んだうえで、これを口実に満洲全域への軍事侵攻を展開しました。翌1932年には傀儡国家「満洲国」が樹立され、日本の大陸支配政策は決定的な段階へと進んでいきます。
それ以前にもあった拡張の萌芽
厳密に言えば、日本の対外拡張は明治時代後期にすでに始まっていました。1894年〜1895年の日清戦争では台湾を獲得し、1905年の日露戦争の勝利によって南樺太や満洲における権益を手に入れています。この時期から、日本はアジア太平洋地域での勢力拡大を着実に推し進めていたのです。
まとめ
つまり、日本の侵略政策が本格化したのは20世紀初頭ですが、その起源は19世紀末の帝国主義の時代にまでさかのぼることができます。1910年の韓国併合と1931年の満洲占領は、こうした政策を象徴する二つの大きな転換点だったといえるでしょう。