結論:フォードは戦闘機を製造していない
いいえ、フォード・モーター・カンパニー(Ford Motor Company)は第二次世界大戦中に戦闘機を製造していませんでした。ただし、同社はアメリカ・ミシガン州に建設された巨大なウィロー・ラン(Willow Run)工場において、B-24「リベレーター」爆撃機の大量生産を担っていました。
ウィロー・ラン工場とB-24爆撃機の大量生産
ウィロー・ラン工場は、ヘンリー・フォードが確立した自動車の流れ作業(アセンブリライン)方式を航空機の生産に応用した画期的な施設です。ピーク時にはおよそ1時間に1機という驚異的なペースでB-24を組み立て、最終的に約8,600機以上を生産しました。これはB-24全体の生産数(約18,000機)の半分近くに相当する数字です。
工場現場では多数の女性労働者、いわゆる「ロージー・ザ・リベッター」が活躍し、この工場はアメリカの戦争努力を支える象徴的な存在となりました。
フォードが手がけたその他の軍需生産
爆撃機以外にも、フォードは四輪駆動軍用車ジープ(Ford GPW)を約28万台生産したほか、M4A3シャーマン中戦車や各種軍用トラック、航空機関連の部品など、多岐にわたる軍需物資の製造を行いました。これらの生産活動は、連合国の勝利に大きく貢献するものとなりました。