「鉄鋼王」として知られるアンドリュー・カーネギー(Andrew Carnegie)は、1848年10月25日、両親と弟(兄弟の一人)とともにスコットランドからアメリカ合衆国へ移住しました。当時、彼はまだ13歳未満の少年でした。
なぜカーネギー一家はアメリカへ渡ったのか
カーネギーは1835年11月25日、スコットランドのダンファームリンで生まれました。父ウィリアムは手織りの職人でしたが、産業革命による機械化の波で仕事を失い、家計は困窮していました。より良い生活を求めた一家は、母マーガレットの親戚が暮らすペンシルベニア州への移住を決意したのです。
渡米後の人生と成功への道
アメリカに到着したカーネギー一家は、ペンシルベニア州ピッツバーグ近郊のアレゲニー・シティに定住しました。少年カーネギーは綿工場の糸巻き作業員として働き始め、週給わずか1ドル20セントからのスタートでした。その後、電報配達員や鉄道会社の秘書として頭角を現し、鉄鋼業界に進出して巨大財閥を築き上げました。
晩年のカーネギーは「富を持って死ぬことは恥である」という信念のもと、図書館や大学など社会貢献に莫大な財産を寄付しました。移民としてアメリカの地を踏んだ少年が、後に世界有数の富豪であり慈善家となった彼の人生は、「アメリカン・ドリーム」の象徴として今も語り継がれています。