北米の歴史

南北戦争前のアメリカ:北部と南部で関税に対する考え方が違った理由

南北で異なる関税への姿勢

19世紀のアメリカでは、関税(輸入品にかかる税金)をめぐって、北部と南部の間で意見が真っ向から対立していました。この経済的な対立は、やがて南北戦争へとつながる重要な要因の一つとなりました。

北部:関税を支持

  • 国内産業の保護: 関税によって外国製品との競争から自国の工業を守ることができました。その結果、北部では雇用が生まれ、経済成長が促進されました。
  • 連邦政府の財源確保: 関税収入は連邦政府にとって重要な財源であり、インフラ整備などの公共事業や公共サービスの資金として活用されました。

工業化が進んでいた北部にとって、関税は自国経済を守るための不可欠な政策だったのです。

南部:関税に反対

  • 輸入品の価格高騰: 関税は輸入品の価格を押し上げ、農業とプランテーション経営に依存していた南部の農場主たちの負担を大きく増やしました。
  • 農産物輸出への打撃: 相手国が報復関税を課すことで、南部が主力としていた綿花などの農産物の輸出が困難になり、南部経済にさらなる打撃を与えました。

輸出型の農業経済だった南部にとって、関税は利益どころか損失をもたらす存在でした。

対立がもたらしたもの

このように、同じ国の中でありながら、北部と南部では関税に対する利害関係が正反対でした。工業保護を求める北部と、自由貿易を求める南部。この経済構造の違いが生んだ対立は、州権や奴隷制問題とも絡み合いながら、最終的に南北戦争(1861年〜1865年)という悲劇的な結果へと向かっていったのです。