北米最大の奴隷蜂起はストノ反乱
北アメリカ大陸における植民地時代最大級の奴隷蜂起として知られているのが、ストノ反乱(Stono Rebellion)です。この反乱は、1739年に北米南部のサウスカロライナ植民地で発生しました。
反乱の経緯
反乱の指導者となったのは、ジェミー(Jemmy)と呼ばれる奴隷とされる男性でした。彼に率いられた奴隷たちは、当初20人ほどでしたが、行軍が進むにつれ参加者は100人近くまで膨れ上がったといわれています。
奴隷たちはストノ橋(Stono Bridge)から出発し、チャールストン方面へと進軍しながら、沿道のプランテーション(農園)を略奪し、白人入植者を襲撃していきました。当時、南のスペイン領フロリダでは逃亡奴隷に自由を与える方針が取られており、これが奴隷たちの反抗心を後押しした一因とも考えられています。
鎮圧とその後への影響
しかし、反乱は最終的に植民地民兵隊によって鎮圧されました。指導者のジェミーは処刑され、多くの参加者が命を落としたと伝えられています。
この事件は植民地当局に大きな衝撃を与え、翌1740年には奴隷の行動や権利を厳しく制限する法律が制定されるなど、その後の南部社会における奴隷制度の強化につながりました。ストノ反乱は、過酷な抑圧の中でも自由を求めて立ち上がった人々の存在を示す、北米史における重要な出来事として記憶されています。