北米の歴史

南北戦争で連邦に残り、アメリカ連合国に加わらなかった奴隷州はどこ?

1861年に南北戦争が勃発した際、当時のアメリカには奴隷制を認める州(奴隷州)が15ありました。そのうち11州は連邦から脱退して「アメリカ連合国(南部連合)」を結成しましたが、残る4つの奴隷州は連邦への残留を選びました。これらの州は「境界州(ボーダー・ステーツ)」と呼ばれ、戦争の行方を左右する重要な存在となりました。

連邦に残留した4つの奴隷州

  • デラウェア州(Delaware) — 奴隷人口がごくわずかで、脱退の動きは一切見られませんでした。
  • メリーランド州(Maryland) — ワシントンD.C.を三方から囲む戦略的要地であり、連邦政府による強い統制のもとで連邦側に留まりました。
  • ケンタッキー州(Kentucky) — リンカーン大統領の出生地でもあるこの州は、公式には中立を宣言しましたが、最終的に連邦側につきました。
  • ミズーリ州(Missouri) — 州内では親南派と親北派の対立が激しく、ゲリラ戦も発生しましたが、連邦政府の支配下にとどまりました。

境界州の重要性

これらの州が連邦に残留したことは、北軍にとって決定的な意味を持ちました。特にメリーランドとケンタッキーが南部に加わっていれば、首都ワシントンD.C.が包囲され、戦争の帰結は大きく変わっていた可能性があります。リンカーン大統領自身、「ケンタッキーを失うことは戦争全体を失うことに等しい」と語ったと伝えられています。

なお、戦争中の1863年には、バージニア州西部が分離して新たなウェストバージニア州として連邦に加盟しました。同州も奴隷制を容認していたため、これを含めて5州と数える場合もあります。しかし、一般的にはデラウェア、メリーランド、ケンタッキー、ミズーリの4州が「脱退しなかった奴隷州」の答えとされています。