北部諸州の目標:奴隷制の廃止
南北戦争前のアメリカにおいて、北部諸州が奴隷制に関して目指していたのは、その完全な廃止でした。北部の人々は、奴隷制を「自由で民主的な社会に存在すべきではない、残酷かつ不道徳な制度」とみなしていました。
この考え方は、単なる理想論にとどまらず、当時の北部社会で広がっていた廃止論(アボリショニズム)運動の中心的な思想でもありました。新聞や教会、市民集会などを通じて、「すべての人は生まれながらに自由で平等である」という建国の理念を掲げ、奴隷制度の撤廃を訴える声が次第に強まっていったのです。
経済的背景:不公平な競争への危機感
北部が奴隷制に反対した理由は、道徳面だけではありません。自州の経済的利益を守るという現実的な事情も大きく影響していました。
南部のプランテーションでは、賃金を支払わない奴隷労働によって農産物が大量かつ低コストで生産されていました。これに対し、北部の工場や企業は労働者に賃金を支払って事業を行っているため、奴隷制に依存する南部との競争は「不公平」であると考えられていました。つまり、奴隷制は北部経済にとって脅威であり、これを放置すれば自らのビジネスが圧迫されるという認識が広まっていたのです。
奴隷解放の実現へ
こうした道徳的・経済的な理由から、北部諸州は奴隷制の廃止と、奴隷とされた人々の解放(エマンシペーション)を強く主張するようになりました。
この対立は最終的に南北戦争(1861年〜1865年)へと発展します。戦争中の1863年にはリンカーン大統領による「奴隷解放宣言」が出され、さらに1865年に批准された合衆国憲法修正第13条によって、アメリカ全土での奴隷制が法的に禁止されることとなりました。北部が掲げた廃止の目標は、長い闘いの末についに実現をみたのです。