北米の歴史

アメリカ独立戦争中、黒人奴隷はどちらの側を支持したのか?

アメリカ独立戦争と黒人奴隷の選択

アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)において、多くの黒人奴隷はイギリス側を支持しました。その最大の理由は、イギリスが自軍に加わる奴隷に「自由」を約束していたことにあります。

イギリス側が奴隷に自由を約束

1775年、バージニア植民地の総督ダンモア卿は「ダンモア宣言」を発布し、反乱側(愛国者)の所有者から離れてイギリス軍に加わった奴隷には自由を与えると発表しました。この宣言は、奴隷たちにとって人生を賭ける価値のある機会となり、数多くの黒人が逃亡してイギリス軍に身を投じました。1779年のフィリップスバーグ宣言によって、この方針はさらに拡大されました。

植民地側で戦った黒人たちも存在

一方で、すべての黒人奴隷がイギリスを支持したわけではありません。主人への忠誠心や、従軍と引き換えに解放を約束する植民地側の勧誘に応じて、愛国者(植民地軍)として戦うことを選んだ者もいました。

兵力の数字から見える現実

推計によれば、戦争中にイギリス側で戦った黒人奴隷は約2万人に上る一方、植民地側で戦った黒人は約5,000人にとどまるとされています。この差は、「自由」という報酬を提示したイギリス側の方が、圧倒的に多くの奴隷の支持を集めたことを物語っています。

戦後、イギリス側で戦った多くの元奴隷(ブラック・ロイヤリスト)は、ノバスコシアやシエラレオネなどへ移住し、新たな人生を歩むことになりました。彼らの選択は、アメリカ建国の歴史における自由と奴隷制という矛盾を浮き彫りにする重要な出来事となっています。