アメリカ合衆国における奴隷制度の歴史は、17世紀初頭の植民地時代にさかのぼります。この記事では、奴隷制度がどのように始まり、どのように拡大し、最終的に廃止に至ったのかをわかりやすく解説します。
奴隷制度の始まり:17世紀初頭の植民地時代
北米における奴隷制度の起源は、一般に1619年とされています。この年、イギリスの私掠船によって運ばれた約20人のアフリカ人が、バージニア植民地のポイント・コンフォートに到着しました。これが、現在のアメリカ合衆国の領域におけるアフリカ人奴隷の最初の記録とされています。
ヨーロッパからの入植者たちは、広大な農園(プランテーション)で労働力を必要としており、タバコや綿花などの換金作物の栽培のために、アフリカから連れてこられた奴隷たちに過酷な労働を課しました。
すべての植民地で合法化された奴隷制度
奴隷制度は当初、一部の地域に限られたものではなく、アメリカの13植民地すべてで合法でした。北部でも南部でも奴隷労働は行われていましたが、気候や産業構造の違いから、特に南部でプランテーション経済とともに大きく発展していきました。
独立後も続いた奴隷制度と西への拡大
1776年にアメリカが独立を宣言した後も、奴隷制度はすぐには廃止されませんでした。「すべての人は平等に創られている」という独立宣言の理念とは裏腹に、奴隷制度は国家の制度として存続し続けました。
その後、アメリカ政府が新しい領土を獲得するたびに、奴隷制度は西へと拡大していきました。1803年のルイジアナ買収やメキシコ割譲地の編入などにより、新たな州や準州で奴隷制を認めるかどうかが国家的な争点となり、ミズーリ妥協(1820年)やカンザス・ネブラスカ法(1854年)といった政治的対立を引き起こしました。
南北戦争と奴隷解放宣言
奴隷制度をめぐる南北の対立は深刻化し、ついに1861年に南北戦争が勃発しました。戦争中の1863年、エイブラハム・リンカーン大統領は「奴隷解放宣言」を発表し、反乱状態にあった南部諸州の奴隷の自由を宣言しました。
1865年、憲法修正第13条による奴隷制度の廃止
南北戦争が終結した1865年、アメリカ合衆国憲法に修正第13条が追加され、ついに奴隷制度は正式に廃止されました。これにより、約250年近くにわたって続いたアメリカにおける奴隷制度に法的な終止符が打たれたのです。
ただし、奴隷制度の廃止後も人種差別は残り、公民権運動など平等を求める闘いが長く続きました。アメリカの奴隷制度の歴史は、現代の社会問題を理解するうえでも重要な意味を持っています。