よく見られる誤解ですが、1867年のカナダ連邦(コンフェデレーション)の結成に関与した植民地は6つではありません。実際には4つの植民地でした。
連邦を結成した4つの植民地
- ニューブランズウィック
- ノバスコシア
- オンタリオ(当時は「カナダ西部」と呼ばれていました)
- ケベック(当時は「カナダ東部」と呼ばれていました)
このうち、オンタリオとケベックはもともと一つの「カナダ植民地(カナダ・プロヴィンス)」として存在していましたが、連邦結成時にカナダ西部とカナダ東部に分かれ、それぞれ独立した州となりました。
カナダ連邦の成立
1867年7月1日、「英領北アメリカ法」(現在の「1867年憲法法」)の発効により、これら4つの植民地が合併し、「カナダ自治領(Dominion of Canada)」が正式に誕生しました。この日付は現在、カナダの建国記念日である「カナダデー」として祝われています。
その後に加盟した地域
連邦結成後も、他の植民地や地域が順次カナダに加わっていきました。
マニトバ州(1870年)、ブリティッシュコロンビア州(1871年)、プリンスエドワードアイランド州(1873年)、アルバータ州およびサスカッチワン州(1905年)、そして最後の州となったニューファンドランド・ラブラドール州(1949年)などです。
こうした経緯から「6つの植民地」という数字が混同されることがありますが、あくまで1867年の連邦結成時に参加したのは上記の4つの植民地です。