奴隷州とは何か
19世紀のアメリカ合衆国では、奴隷制度が合法とされていた州が存在し、これらは「奴隷州(どくれいしゅう)」と呼ばれました。当時のアメリカは奴隷制を認める南部諸州と、廃止または禁止していた北部の自由州に分かれており、この対立がやがて南北戦争(1861年〜1865年)へと発展することになります。
南北戦争開戦時点で、奴隷州として数えられていたのは以下の15州です。
南北戦争時の15の奴隷州
- ミズーリ州(Missouri)
- アラバマ州(Alabama)
- アーカンソー州(Arkansas)
- デラウェア州(Delaware)
- フロリダ州(Florida)
- ジョージア州(Georgia)
- ケンタッキー州(Kentucky)
- ルイジアナ州(Louisiana)
- メリーランド州(Maryland)
- ミシシッピ州(Mississippi)
- ノースカロライナ州(North Carolina)
- サウスカロライナ州(South Carolina)
- テネシー州(Tennessee)
- テキサス州(Texas)
- バージニア州(Virginia)
境界州(ボーダー・ステーツ)という特別な存在
上記15州の中でも、デラウェア州、メリーランド州、ケンタッキー州、ミズーリ州の4州は「境界州」と呼ばれます。これらの州は地理的に南北の境界付近に位置し、奴隷制度は維持しながらも連邦(北軍)側に留まったという特徴があります。
一方、サウスカロライナ州やミシシッピ州など深南部の州は、1860年末から1861年初頭にかけて次々と連邦から脱退し、「アメリカ連合国(南軍)」の中核を形成しました。
奴隷州の歴史的意義
奴隷州の存在は、アメリカ史における最大の対立軸の一つでした。経済的に綿花プランテーションなどへ依存していた南部では労働力としての奴隷が不可欠とされましたが、北部では産業化の進展とともに奴隷制への批判が強まっていきます。
1865年に成立した憲法修正第13条により奴隷制度は正式に廃止され、ここに「奴隷州」という区分も歴史の幕を下ろしました。しかし、その後の人種差別問題への影響は長く残り、現代のアメリカ社会を考える上でも重要な歴史的事実となっています。