1917年4月6日、アメリカ合衆国は第一次世界大戦への参戦を決定しました。当初は中立の立場を保っていたアメリカが、なぜ欧州の戦争に介入することになったのでしょうか。その背景には、複数の重要な出来事が絡み合っていました。
アメリカが参戦に至った3つの主な要因
1. ルシタニア号沈没事件
イギリスの豪華客船RMSルシタニア号は、1915年5月7日にドイツのUボート(潜水艦)によって撃沈されました。この悲劇により1,198人が命を落とし、そのうち128人はアメリカ人でした。
ルシタニア号の沈没は大戦における重大な転換点となり、「ドイツは非武装の民間人をも攻撃する」という認識が広まり、アメリカの世論は急速にドイツ敵視へと傾いていきました。
2. ツィンメルマン電報
1917年1月、ドイツ外相アルトゥール・ツィンメルマンから駐メキシコ大使ハインリヒ・フォン・エッカルト宛てに送られた秘密電報が、決定的な引き金となりました。
この電報には、ドイツとメキシコの軍事同盟を結ぶ提案が記されていました。内容は、メキシコがアメリカを攻撃すれば、その見返りとしてドイツが米墨戦争でメキシコが失った領土(テキサス、ニューメキシコ、アリゾナ)の回復を支援するというものです。
この電報はイギリスの諜報機関によって傍受・解読され、1917年3月に公表されると、アメリカ国内の対独感情は一気に硬化しました。
3. 無制限潜水艦作戦の再開
1917年2月、ドイツは無制限潜水艦作戦を再開しました。これは、船籍や乗客の有無に関わらず、あらゆる船舶を攻撃対象とする過酷な作戦です。
この結果、数百人のアメリカ人市民や船員が犠牲となり、アメリカ国民の怒りは頂点に達しました。中立を維持することがもはや困難になったのです。
アメリカはいつ参戦したのか?
アメリカ合衆国は1917年4月6日、正式にドイツに対して宣戦布告しました。アメリカはイギリス、フランス、ロシアらからなる連合国側として戦線に加わります。
豊富な物資と大量の兵力を持つアメリカの参戦は、膠着していた戦況を連合国有利へと大きく転換させ、1918年のドイツ降伏、すなわち大戦の終結へとつながっていきました。