北米の歴史

ドレッド・スコット判決は北と南のどちらに有利だったのか?

1857年に下されたドレッド・スコット判決は、当時のアメリカ社会において、南部にとって大きな勝利となり、北部にとっては深刻な敗北と受け止められました。

南部にとっての勝利

連邦最高裁判所は、奴隷およびその子孫はアメリカ合衆国の市民ではなく、連邦裁判所で訴訟を起こす資格を持たないと判断しました。さらに、議会には準州における奴隷制を禁止する権限がないとも述べ、ミズーリ協定を事実上無効化しました。この判決によって、奴隷制という制度は法的な後ろ盾を獲得し、一層強固なものとなったのです。

北部と廃止論者への打撃

一方で、奴隷制廃止を目指す廃止論者たちは、自らの主張の根拠を大きく損なわれることになりました。準州への奴隷制拡大を阻止しようとしていた北部の人々にとって、この判決は司法による奴隷制の容認と映り、反奴隷制運動は大きな挫折を強いられました。

歴史的な意義

ドレッド・スコット判決は、南北間の対立をさらに深め、結果として南北戦争へと国を導く一因となったとされています。短期的には南部に圧倒的に有利な判決でしたが、長期的には国内の分裂を加速させ、奴隷制をめぐる争いに決着をつけることになったのです。