18世紀、イギリス政府は北米植民地への課税強化を進めました。その正当性としてイギリスが掲げた主張には、大きく分けて以下の4つのポイントがあります。
1. 植民地人はイギリス帝国の臣民である
北米の入植者たちは法的にもイギリス国王の臣民でした。臣民である以上、イギリス政府に納税する義務を負っている、というのがイギリス側の基本的な考え方です。
2. イギリスの保護と恩恵を受けている
イギリス軍は、フランスや先住民族といった外敵の脅威から植民地を守ってきました。さらに、貿易の規制や法と秩序の維持など、植民地人の暮らしに役立つ行政サービスも提供していました。これらの費用の対価として、課税は当然の負担だと主張されたのです。
3. 植民地はイギリス議会で代表されている
イギリス側は、植民地もイギリス議会によって代表されており、議会が制定した課税法に従う義務があると考えました。ただし実際には、植民地から議会議員が選出されることはありませんでした。この点が、後に植民地側の大きな不満となっていきます。
4. 植民地の税率は本国よりはるかに低い
当時、植民地人が支払っていた税負担は、イギリス本国の住民と比べるとごくわずかなものでした。イギリス政府は、本国住民との公平性の観点から、さらなる課税は妥当だと主張しました。
植民地側の反発と独立戦争へ
こうしたイギリスの主張に対し、植民地の人々は「代表なくして課税なし(No taxation without representation)」という有名なスローガンを掲げて抵抗しました。自分たちを選んだわけでもない議会による課税は不当だという訴えは次第に強まり、最終的には1775年のアメリカ独立戦争の勃発へとつながっていくのです。