1861年から1865年にかけてのアメリカ南北戦争の時代、北側の「アメリカ合衆国」と南側の「アメリカ連合国」という二つの政権が、それぞれ独自の大統領を擁していました。この記事では、両陣営を率いた二人の指導者について詳しく解説します。
アメリカ合衆国大統領:エイブラハム・リンカーン(在任1861年〜1865年)
第16代アメリカ合衆国大統領であるエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln、1809年〜1865年)は、共和党出身として初めて大統領に就任した人物です。奴隷制の拡大に反対する立場を取り、南部諸州の連邦脱退を認めず、国家の統一を守るために南北戦争を指導しました。
1863年には「奴隷解放宣言」を発し、奴隷制廃止への歴史的な一歩を踏み出します。また、「人民の、人民による、人民のための政治」という有名な一節を含むゲティスバーグ演説でも広く知られています。しかし、戦争終結間近の1865年4月14日、ワシントンD.C.のフォード劇場でジョン・ウィルクス・ブースにより暗殺され、その偉業を目の当たりにできないままこの世を去りました。
アメリカ連合国大統領:ジェファーソン・デイヴィス(在任1861年〜1865年)
一方、南部諸州が結成したアメリカ連合国(Confederate States of America)の初代にして唯一の大統領となったのが、ジェファーソン・デイヴィス(Jefferson Davis、1808年〜1889年)です。ミシシッピ州選出の元上院議員であり、陸軍長官を務めた経験も持つ人物でした。
デイヴィスは州の権利と奴隷制の擁護を掲げ、連邦からの分離独立を主導しました。しかし、戦争中は北部との圧倒的な工業力の差による経済的困窮や、軍事的な劣勢に常に苦しみ続けます。1865年4月に連合国が崩壊すると捕らえられ、一時は反逆罪で起訴されましたが、後に釈放されています。
対照的な二人の指導者
同じ時期に「大統領」を務めたこの二人は、まったく対照的な運命をたどりました。リンカーンは国家統一と奴隷制廃止を成し遂げ、アメリカ史上最も偉大な大統領の一人として今も称えられています。一方のデイヴィスは、敗北した国家の指導者として歴史に名を残すことになりました。
1861年から1865年までのこの期間は、アメリカの歴史における最大の試練でした。二人の指導者が下した選択は、その後のアメリカのあり方を大きく左右することになったのです。