北米の歴史

奴隷貿易の廃止と奴隷制度の廃止は何が違う?米国史における二つの転換点

奴隷貿易の終結と米国における奴隷制度の廃止は、それぞれ異なる背景と帰結を持つ、別個の歴史的出来事でした。一見似ているように思えるこの二つの動きですが、実現の時期も経緯も大きく異なります。

大西洋奴隷貿易の終焉

数百万ものアフリカ人を南北アメリカ大陸へと連れ去った大西洋奴隷貿易は、3世紀以上にわたり大西洋世界の経済を支える重要な柱でした。しかし18世紀後半になると、奴隷貿易を終わらせようとする運動が起こり始めます。その背景には、以下のような要因がありました。

  • 奴隷制は道徳的に誤りであり廃止されるべきだと主張する、廃止論者(アボリショニスト)運動の拡大
  • 奴隷価格の高騰や奴隷反乱のリスク増大など、奴隷貿易にかかる経済的コストの上昇
  • 自国の利益に対する脅威とみなすようになったヨーロッパ諸国の勢力拡大

1807年、英国議会は奴隷貿易を廃止する「奴隷貿易廃止法」を可決しました。これに続き、他のヨーロッパ諸国でも同様の法律が相次いで制定され、1808年までに大西洋奴隷貿易はほぼ終息を迎えました。

米国における奴隷制度の廃止

一方、米国における奴隷制度は、特にプランテーション経済にとって不可欠だった南部諸州を中心に、社会に深く根付いた制度でした。19世紀初頭に始まった奴隷制廃止運動もまた、さまざまな要因によって推進されていきました。

  • 奴隷制の非道徳性を訴える廃止論者運動の強まり
  • 北部諸州の工業化が進む一方、南部諸州が奴隷労働に依存し続けたことによる、南北間の経済競争の激化
  • 新たな領土への奴隷制拡大に反対した共和党の政治的影響力の拡大

米国での奴隷制度廃止は、最終的に南北戦争(1861年〜1865年)によって実現しました。北部の連邦(ユニオン)と南部の連合(コンフェデラシー)が衝突したこの内戦で連邦側が勝利した結果、合衆国憲法修正第13条が成立し、全国で奴隷制度が正式に廃止されたのです。

二つの違いのポイント

つまり、奴隷貿易の廃止は、1807年の英国奴隷貿易廃止法に代表される立法措置によって比較的早期に達成されました。これに対し、米国内の奴隷制度の廃止は、南北間の経済的・政治的な対立が深刻化した末、内戦という多大な犠牲を伴う形でようやく実現しています。

貿易の禁止だけでは、すでに存在する奴隷制度は解消されませんでした。制度そのものを打ち壊すには、さらに半世紀以上の歳月と激しい闘いが必要だったのです。