結論:挙げられた3つすべてが「1850年の妥協」の構成要素です
米国史における重要な政治的合意である「1850年の妥協(Compromise of 1850)」には、以下の3項目がすべて含まれています。
- カリフォルニアの自由州としての加盟 — カリフォルニアは奴隷制を認めない「自由州」として連邦に加わりました。
- ワシントンD.C.における奴隷貿易の禁止 — 首都ワシントンD.C.では奴隷の売買が禁止されました(ただし、奴隷制そのものは継続されました)。
- テキサスからニューメキシコへの領土譲渡 — 米墨戦争で獲得した領有権のうち西部側の土地について、テキサスがニューメキシコ準州へ譲ることになりました。
「1850年の妥協」とは何か?
「1850年の妥協」は、米墨戦争(1846〜1848年)後に獲得した広大な領土の扱いをめぐり、自由州と奴隷州の間で対立が激化するなかで成立した一連の法案です。ヘンリー・クレイやダニエル・ウェブスターらが調整役を務め、ザカリー・テイラー大統領の死後、ミラード・フィルモア政権下の1850年9月に可決されました。
妥協の全容:5つの主要条項
- カリフォルニアを自由州として連邦に加盟させる
- ユタ準州とニューメキシコ準州では住民投票(人民主権)により奴隷制の可否を決める
- テキサスはニューメキシコへの領土主張を放棄し、代わりに約1,000万ドルの州債返済支援を受ける
- ワシントンD.C.での奴隷貿易を禁止する(奴隷制自体は維持)
- 逃亡奴隷法を強化し、北部諸州でも逃亡奴隷の捕縛・送還を義務付ける
歴史的意義
この妥協により南北戦争の勃発は一時的に回避されましたが、特に厳格化された逃亡奴隷法は北部の反奴隷制感情を強く刺激し、対立の火種を残す結果となりました。そのため「1850年の妥協」は、南北戦争前夜の緊張関係を象徴する出来事として、今日でも米国史の中で重要な位置づけられています。