ヘッドライト制度(headright system)は、1618年にイングランドのバージニア会社(Virginia Company)によって初めて確立されました。
この制度は、当時まだ開拓途上であった北米植民地に新しい入植者を呼び込み、人口を増やすことを目的とした政策の一環として導入されました。
ヘッドライト制度の仕組み
ヘッドライト制度では、自らの費用で新大陸へ渡った移民、あるいは他人の渡航費を負担した者に対して、1人あたり50エーカー(約20ヘクタール)の土地が与えられる仕組みでした。
このため、裕福な地主たちは多数の契約奉公人(indentured servants)の渡航費を支払うことで、まとまった広さの土地を獲得できるようになりました。
制度がもたらした影響
ヘッドライト制度は、労働力不足に悩んでいたバージニア植民地にとって大きな成功を収め、17世紀におけるチェサピーク湾地域への移民急増の原動力となりました。
一方で、大地主による土地の独占を招きやすく、後に社会格差や小規模農民の不満を生む要因ともなったとされています。こうした背景は、1676年のベーコンの反乱(Bacon's Rebellion)などの事件にもつながっていきました。
このように、1618年に始まったヘッドライト制度は、アメリカ初期植民地社会の形成において極めて重要な役割を果たしたのです。