「アラバマ州は奴隷制州ですか、それとも自由州ですか?」という疑問に対する答えは、時代によって異なります。アラバマ州の歴史をたどると、奴隷制州として誕生し、南北戦争を経て自由州へと転換していったことがわかります。
奴隷制州として連邦に加盟
1819年12月14日、アラバマ州は合衆国22番目の州として連邦に加盟しました。当時のアラバマ経済は綿花プランテーションに大きく依存しており、その労働力の中心を担っていたのが奴隷労働でした。このため、アラバマ州は「奴隷制州(奴隷州)」として連邦に加わることになったのです。
南北戦争では南部連合側に
1861年1月、アラバマ州は合衆国からの脱退を宣言し、続く南北戦争(1861年〜1865年)ではアメリカ連合国(南部連合)側について戦いました。ちなみに、南部連合の最初の首都はアラバマ州モンゴメリーに置かれており、同州は南部諸州の中でも重要な役割を果たしていました。
第13修正条項の批准で「自由州」へ
転機となったのは1865年12月です。この月、合衆国憲法第13修正条項が正式に批准され、アメリカ全土で奴隷制度が廃止されました。これにより、アラバマ州も法的には「自由州」となり、奴隷制の時代は終わりを迎えました。
まとめ
つまり、アラバマ州は1819年の連邦加盟時には奴隷制州であり、南北戦争中は南部連合の一員でした。しかし、1865年の第13修正条項批准によって奴隷制が廃止されたため、それ以降のアラバマ州は「自由州」ということになります。「奴隷制州か自由州か」という問いへの答えは、歴史上のどの時点を見ているかによって変わるのです。