ウィリアム・マッキンリーが1896年のアメリカ大統領選挙で勝利を収めた最大の要因は、1890年代初頭にアメリカ全土を襲った深刻な経済不況でした。
経済不況が選挙の行方を左右
この不況は広範囲にわたる失業と深刻な経済的苦難をもたらし、多くの有権者は国の経済問題の責任を現職の民主党・グロバー・クリーブランド政権に求めました。政権与党への不満が高まる中、変化を求める世論が選挙戦を大きく動かすことになったのです。
マッキンリーが掲げた政策
共和党候補のマッキンリーは、アメリカの産業と雇用を守るための高関税政策を選挙の中心公約に掲げました。さらに、国内経済の保護と景気回復を訴え、「経済繁栄を取り戻す」というメッセージを有権者に直接届ける選挙戦を展開しました。
圧倒的な勝利の背景
一方、民主党はウィリアム・ジェニングス・ブライアンを擁立し、銀の自由鋳造(自由銀)を掲げて農民層や労働者層の支持獲得を目指しましたが、都市部の実業家や中間層には受け入れられませんでした。その結果、マッキンリーの穏健かつ景気重視の綱領は幅広い層の有権者の共感を呼び、彼は一般投票でも選挙人団でも大きな差をつけて当選を果たしました。