北米の歴史

1914年のアメリカの最低賃金はいくらだった?歴史的背景を解説

1914年当時、連邦の最低賃金は存在しなかった

実は、1914年にはアメリカ合衆国に連邦(全国)レベルの最低賃金制度は存在していませんでした。労働者の賃金は雇用主との個別の交渉や市場の需給によって決められており、国が賃金の下限を定める仕組みはなかったのです。

アメリカで初めて連邦最低賃金が法制化されたのは、それから約四半世紀後の1938年。フランクリン・D・ルーズベルト大統領が署名した公正労働基準法(Fair Labor Standards Act:FLSA)において、時給25セントという初の全国最低賃金が設定されました。

1914年前後の賃金をめぐる動き

連邦法は存在しなかったものの、この時代には州レベルでの取り組みが始まっていました。たとえばマサチューセッツ州は1912年に全米初の州最低賃金法を制定し、女性や子供の労働者を対象に賃金下限を設ける試みが行われました。その後も複数の州が同様の法律を導入しています。

また、1914年といえば、ヘンリー・フォードがフォード・モーター社で「1日5ドル」の賃金を導入した年としても知られています。これは法定の最低賃金ではなく企業側の自主的な施策でしたが、当時としては非常に高水準の賃金であり、労働市場に大きな衝撃を与えました。

まとめ

  • 1914年にアメリカの連邦最低賃金は存在しなかった
  • 初の連邦最低賃金法は1938年の公正労働基準法(FLSA)
  • 初の最低賃金水準は時給25セント
  • 州レベルでは1910年代から最低賃金法の導入が進んでいた

つまり「1914年の最低賃金」という問いに対する答えは、「法的に定められた最低賃金そのものが存在しなかった」ということになります。現在のアメリカにおける最低賃金制度の礎は、1938年のFLSAによって築かれたのです。