北米の歴史

すべての州はすぐに連合規約を批准したのか?発効まで4年かかった理由

いいえ、すべての州がすぐに連合規約(Articles of Confederation)を批准したわけではありません。1777年に大陸会議で提案された連合規約は、発効までに実に4年近くの歳月を要し、13州すべての批准が完了したのは1781年のことでした。

批准までの経緯

連合規約は、独立戦争中の1777年11月に大陸会議によって起草・提案され、各州の批准に付されました。規約の発効には全州の一致同意が必要とされていたため、たった一つの州でも批准しなければ、新しい中央政府は機能しない仕組みになっていました。

多くの州は1777年から1778年にかけて比較的早い段階で批准しましたが、最後まで批准を見送ったのがメリーランド州でした。同州が1781年3月1日にようやく批准したことで、連合規約は正式に発効しました。

メリーランド州が批准を遅らせた理由

メリーランド州が批准に消極的だった最大の理由は、西部土地問題です。当時、バージニア州やニューヨーク州など一部の州は、アパラチア山脈以西の広大な土地に対する領有権を主張していました。メリーランド州は、これらの土地が特定の州ではなく中央政府(連合会議)の管理下に置かれることを求め、西部土地の権利放棄を批准の条件としていました。

また、輸入品への課税権や州際通商の規制権限を中央政府に与えるべきかどうかという点も、州間で意見が分かれる大きな論点となっていました。中央政府の権限をめぐるこうした対立が、批准プロセスを長引かせる一因となりました。

バージニア州の譲歩が決め手に

転機となったのは、西部に広大な領有権を主張していたバージニア州が、北西部領土に関する権利を中央政府へ譲渡する方針を示したことです。この譲歩を受けて、メリーランド州は1781年に批准へと踏み切り、ここにアメリカ最初の成文憲法とも言うべき連合規約がようやく施行されました。

まとめ

連合規約の批准には4年以上の歳月がかかりました。その背景には、中央政府の課税権・通商規制権限をめぐる議論と、西部土地の帰属問題がありました。特にメリーランド州の強硬な姿勢と、バージニア州による土地権利の譲渡が、全州批准の完了を左右する鍵となったのです。